キッズデザイン・ラボ
Vol.17
キッズデザインオンラインカフェ再録「人が育つ」科学館とは~福岡市科学館の取り組み
キッズデザイン協議会西日本世話人会では、会員企業の商品やサービスの開発・提供における「キッズ視点」導入や、キッズデザインについて新たな気づきを得ていただくことを目的としキッズデザインカフェを開催しました。 残念ながら当日ご視聴いただけなかった方にも内容を共有するべく、カフェの内容を公開いたします。
2021年7月28日、西日本世話人会が主催するキッズデザインカフェがオンラインで開催された。
会場となったのは福岡市科学館。2020年にはキッズデザイン賞審査員長特別賞を受賞するなど、公共的な役割を果たしながらキッズデザイン的な視点で、独自の取組みを推進している注目の科学館だ。
事業総括責任者の高橋伸幸氏を中心に、同館で活躍するサイエンスコミュニケーターの皆さんが具体的な活動内容やコミュニケーションの取り方、工夫しているポイントなどを展示エリアからの中継を交えながら紹介してくれた。
子どもの創造力を引き出す
同館のコンセプトは「人が育つ科学館」。楽しみながら疑問や探究心を引き出し、クリエイティブな力へ発展させるという。
「サイエンスコミュニケーターが子どもたちに科学の面白さを伝え、子どもたちの話しを聴き、子どもたちに表現することを促す。そして、子どもたちと一緒に共感する――こうしたことを日々実践しています」と高橋氏は話す。
事業総括責任者 高橋伸幸氏
同館に在籍するサイエンスコミュニケーターは10名。科学館に必要不可欠だというサイエンスコミュニケーターの仕事は、「サイエンスショー」や「テーブルサイエンス」など館内のアクティビティはもちろん、小学校で科学館のプログラムを披露する「出前授業」、子どもたちが先生(演者)になるのを支援する活動支援型授業「アウトリーチ」、お母さんや未就学児を対象にした「おはなし会」、科学館周辺の自然や施設をめぐって身近な科学に触れる「フィールドワーク」や「天体観測会」での星座解説など多岐にわたる。
一方で、館内には40を超える展示アイテムがある。「見る」だけではなく、より具体的に科学を伝えるための「参加型体験装置」が多い。
高橋氏によると「展示は不完全なもの」。展示だけで科学の本質を伝えるのは困難な上に、誤った情報を与えかねない。
しかし、そこに人(サイエンスコミュニケーター)が関わることで展示が一層意味のあるものとなり、子どもたちの理解が深まってクリエイティブな力につながるのだという。「サイエンスコミュニケーターは傾聴・伝達・共感のスキルを日々、磨いています。科学館だけでなく、様々な職場で非常に重要な行動です。ぜひ、注目してもらいたいと思います」
サイエンス「S」+クリエイティブ「C」
福岡市科学館は「福岡サイエンス&クリエイティブ」によって運営されている。サイエンス「S」とクリエイティブ「C」は科学館のキーワードでもある。
高橋氏はSとCを、「S」はインプット作業、「C」はアウトプット作業と説明する。
体験を通して科学を学習し疑問を生み出すことがインプット「S」、その疑問を表現し伝え考えることがアウトプット「C」だ。科学館で行うアクティビティに共通するもので、サイエンスコミュニケーターが傾聴・伝達・共感のスキルを発揮して、子どもたちの「S」と「C」をつなぐ役割を担う。
SとCは参加した子どもの数だけある。また、アクティビティによってSとCは変わるが、サイエンスコミュニケーターが一人ひとりの子どもに寄り添い可能性を引き出そうとすることに変わりはない。
S+Cを活かした4つのタイプのアクティビティを順番に紹介する。
・講座型「ダーウィンコース」
・アワード型「クリエイティブアワード」
・対話型「サイエンスショー」
・展示型「特別展 グラバーが運んだみらい展 蒸気のひみつ」
【講座型 ダーウィンコース】
S=自然科学に触れ、体験を通して問いを導く
C=その問いを子どもたちが「表現する」「伝える」「考える」
森や川・街・食・心・人類史などの科学への興味・体験を通して「問い(疑問)」を生み出し(Sの作業:インプット)、メモ・記録、整理、野帳の書き方、グループ発表やプレゼンテーションを通してSの作業で抱いた問いを「表現」する力を養う(Cの作業:アウトプット)ことがセット。
例えば、フィールドワークでは、九州大学の協力を得て野外を散策し簡単な実験を行う。自然科学の専門家の解説や実験に子どもたちは目を輝かせ、生物・植物の不思議に興味を抱き、「どうして?」という疑問を抱く。フィールドワーク実施後の探Qゼミでは、生まれた疑問を整理し発表するといった行為を通して表現することを練習するという。
「記録を取ることを大事にしています。子どもたちが取った記録・メモに対して、大学の先生やサイエンスコミュニケーターがフィードバックするのですが、非認知能力を養う上でこのコミュニケーションは非常に重要です。特に当科学館では、自制心や創造性を重要視しています」(高橋氏)
「非認知能力」とは、意欲や協調性、粘り強さ、忍耐力、計画性、コミュニケーション能力といった“測定できない個人の特性”のこと。子どもたちの「非認知能力」を養うためには、サイエンスコミュニケーターの傾聴・伝達・共感スキルが欠かせない。
ダーウィンコースには、フィールドワークのみならず、食や心理学の講座、人類史の講座も提供している。心理学講座では、自分の良いところ・相手の良いところを見つけてメモを取る課題を出し、子どもと一緒に保護者にも参加してもらう。自分の強みや相手を知ることは非常に重要で、保護者にとっても気付きが多いのだという。
【アワード型 クリエイティブアワード】
S=プログラミング的思考(科学的視点)
C=CAWAII(※)パズル「表現する」「伝える」「考える」
(※)
Creative(創造性)
Artistic(芸術性)
Wonderful(驚き)
Active(動き)
Interactive(双方向性)
Inovative(革新性)
Cawaiiパズルをテーマに全国の子どもたちからアイデアを募集し、表彰する取組み。2020年は71件の応募の中から6つのアイデアが選ばれた。このアイデアをサイエンスコミュニケーターが受賞者と一緒になって展示アイテムとして製作し、5階のクリエイティブスペースに展開している。このスペースは、来館した子どもたちが様々なパズルを解くことでプログラミング的思考を学ぶ仕組みに溢れている。
ここでのサイエンスコミュニケーターの役割は2つ。パズルのアイデア提案した子どもたちに寄り添うことと、パズルを体験し学ぶ子どもたちに寄り添うこと。
「分解・推測・組み合わせ・規則性などプログラミング的思考(S)の要素を取り入れたアイデアを、パズルに置き換える時に参加体験性やカワイイ表現・クリエイティブ力・デザイン力・思考力など(C)を使って表現してもらいます。サイエンスコミュニケーターは、提案者に展示の意図を確認し、展示アイテムにするプロセスを一緒に歩んでもらいました」(高橋氏)
一方で、パズルを体験する子どもたちは、パズルの楽しさとそこに仕掛けられたプログラミング的思考を、サイエンスコミュニケーターが関わることでより深く学べるという。
クリエイティブスペースからの中継では、サイエンスコミュニケーターが来館中の子どもと一緒にパズルに取組みながら、子どもが自らパズルを解くためのアドバイスや「考えることを促す」とはどういうことなのかを実践してくれた。
【対話型 サイエンスショー】
S=科学の原理原則をサイエンスコミュニケーターが実験道具を使って紹介
C=子どもたちが「観て」「参加して」「一緒に考える」
老若男女問わず人気の高いアクティビティ。身近な材料や科学館オリジナルの実験道具を使い、まるでマジックショーのような実験で興味を持ってもらう。観てもらうだけではなく、サイエンスコミュニケーターがステージから客席へ下り、来館者をショーに巻き込むコミュニケーションが魅力になっている。
「惹き付ける実験がSです。とにかく子どもを惹き付けて、不思議を感じてもらうことです。爆発など壮大な演出は大きければ大きいほど喜んでくれます。そしてCですが、サイエンスコミュニケーターが子どもの近くへ行って聴き取る作業をします」
高橋氏は、ここで「褒める」ことが重要だと話す。これを繰り返すことで子どもたちは徐々に自発的に発言し、新たな発見をするのだという。
サイエンスショー会場からの中継では、ショーの様子が伝えられた。
子どもはもちろん、その保護者や引率の先生、あるいは夫婦やカップル、友人同士といった大人だけの来場者も多い。年代も幅広く、担当のサイエンスコミュニケーターはショーをする上でライブ感を大切にしていると話す。
「いろいろな方が参加するサイエンスショーです。シナリオ通りの型にはまった展開では、テレビを観ているのと同じになってしまいます。せっかくなのでライブ感、臨場感を味わってもらうために、いかにショーに参加してもらうかを考えています」
ショーに参加してもらうための工夫とは。
「お客様に質問をする、または前に出てきてもらう――これは、私たちサイエンスコミュニケーターがお客様に対する表現です。それに対してお客様は、『自分はこう思う』と言葉に出したり、前に出て表現したりします。この2つの表現が合わさってサイエンスショーが完成します」
参加者の“表現”はその時々で違ってくる。だからこそ、客席に目を配り表情を見ながら適切なタイミングで問い掛けたり、分かりやすく表現したりする。
「サイエンスショーは常に変化していくものと捉えています。約4年、ショーをしてきてはじめは失敗ばかりでしたが、お客様の反応を見ることが癖になっています。そこは一番気を付けている点です」
高橋氏は、人でなければ絶対にできない作業だと強調する。
「AI などテクノロジーが普及し、シンギュラリティ(人類の能力を超える)が起こると言われています。しかし、この科学館に来ていただけると人の能力って凄いな! と思っていただけると思います」
【展示型 特別展:グラバーが運んだみらい展 蒸気のひみつ】
S=産業革命とそれによって変化した生活を史実や科学の視点で紹介
C=様々なアクティビティを「体験し」「考える」
「科学」と「社会」と「生活」が密接につながっていることに着目した展示。日本で初めて蒸気機関車を走らせるなど日本の産業革命に貢献したトーマス・ブレーク・グラバーの功績を学ぶ。産業革命によって社会と生活が大きく変わったことを知り、コロナ禍の今、ワクチンや治療薬の開発という科学の力が、社会や生活を大きく変えていくことにも気付いてもらう。
「2つのSがあります。一つは産業革命によって大きく様変わりした社会(Social)のS、もう一つは蒸気機関の科学(Science)のSです。それに対してCは、サイエンスコミュニケーターが子どもたちに難しい展示を教える・伝えるようになっています」(高橋氏)
高橋氏は、子どもたちには少し難しい展示でも“楽しかった”と思ってもらうにはどうしたらいいか、常に考えていると話す。
「LINEを使ったナゾ解き脱出ゲームや、ワークショップなどの関連アクティビティを連動させて、より多くの人に知ってもらおうと努力しています」
会場は、グラバー邸の一部を原寸大で再現して臨場感を演出。説明パネルの漢字にはすべてルビを振りイラストでイメージを喚起し、参加型体験装置で実際に仕組みを体験する。
ナゾ解き脱出ゲームは、説明パネルを読まなければ解けないようになっている。ゲームをしながら展示ストーリーが自然と頭に入ってきたり、家族との会話で答えを見つけたり、解説を読むだけの展示にしない工夫をしている。
科学館全体で特別展へアプローチするのも特徴の一つ。例えば、科学実験プログラムでは蒸気の力で動くポンポン船で遊んだり、サイエンスショーやワークショップ、おはなし会などで蒸気の仕組みを取り上げたり、未就学児でも楽しめるプログラムを用意している。
特別展会場からの中継では、グラバー邸に入ってすぐ、真ん中に置かれた一つのヤカンが目を引く。サイエンスコミュニケーターはヤカンが置いてある理由を説明。
「ヤカンは沸騰するとカタカタ鳴りますよね。そして蒸気の力で蓋が押し上げられます。子どもたちが身近なものを見ながら興味を持つように設計してあります」
身近なヤカンで興味を惹き、展示の核心へ導く。石炭と水で出来た蒸気が、ピストンや動輪を動かし蒸気機関車が走る仕組みを、動画やタッチパネルで学ぶ。そして、参加型体験装置に触れ実際に体感するという導線になっている。
また、体験ゾーンでは蒸気やギアの仕組みが学べる装置や、当時の長崎市街を見ることが出来るVR体験で、子どもたちの好奇心を掻き立てる。
コロナ禍での新たな挑戦
新型コロナウイルス感染症のため、多くの施設が休館や人数制限を設けるなどの対応を余儀なくされている。福岡市科学館も例外ではなく、昨年から試行錯誤しながら運営に当たる。
ダーウィンコースは緊急事態宣言中や休館中はオンライン開催、クリエイティブアワードはアルコール消毒の徹底、サイエンスショーはソーシャルディスタンスを保ちながら動画配信も行い、特別展は入場制限を設けているという。同館の魅力でもあるサイエンスコミュニケーターと子どもとの触れ合いが難しい場面もあるようだ。
また、コロナ前はいろいろな物が破壊されるほど未就学児に大人気だった「おやこひろば」や、中高生のための「交流室」は、人数制限やソーシャルディスタンスですっかり活気がなくなっていると高橋氏は残念がる。
こうした中でも同館は新たなチャレンジを計画する。
2021年7月〜 SDGs家族会議講座開催・サイエンス・ナビリニューアル「問の検索システム」の導入
2021年8月〜 大阪万博EXPO共創チャレンジに参画
2021年9月〜 九大共同研究 ニュートンコースの開設・学芸員実習(6名受け入れ)
2021年10月〜 スタンフォード大学/シリコンバレー企業とのスタートアップオンライン講座開設
2022年3月〜 特別展「アインシュタイン展」開催予定
2022年7月〜 基本展示室展示更新 4テーマ(随時)・特別展「ヒコーキ展」開催予定
高橋氏は挑戦によって生じる新たな可能性の広がりを示唆する。
「ダーウィンコースが大阪万博EXPO共創チャレンジに参画します。参画する意義を問われますが、『まず、何かを始めてみる』ことが科学館の役割だと思っています。石橋を叩いて渡らないことはよくありますが、『川に落ちてもやってみよう』という気持ちです」
「オンラインを活用することが多くなりました。それならば、地球の裏側と交信した方がいいな、ということです」
同館のキーワード「クリエイティブな力」は、創造力豊かな子どもを増やしたいという想いが詰まっている。
「福岡市は、国家戦略特区に指定されています。スタートアップ、起業するために非常に有利な街です。実は、全国で起業率がナンバーワンなんです。新しい産業が地域の循環を活性化させ、大きく社会を変えていきます。子どもたちの豊かな創造力が福岡の未来をデザインしていくような、スタートアップの講座も組み立てています」
高橋氏は、このような活動を今後も支援していきたいと語った。
一方で、課題もあるという。
「どうしても小学校4年生が中心となっています。中高生以上が集まる科学館にするためにはどうしたらいいでしょう。また、子どもたちが科学館に求めるもの、科学館が提供できるもの、社会で担う役割は何でしょう。サイエンスコミュニケーターの仕事とは何でしょう」常に考えているが、答えは常に変化していくという高橋氏は、意見や考えを寄せてもらえると嬉しいと呼び掛けた。
文:遠藤千春