キッズデザイン・ラボ
Vol.02
ケガをなくすための「デザイン」はできますか?
平成21年初頭 実施
はじめに
思いがけない事故で子どもが亡くなってしまう。わが国では、そんな出来事がたくさん起こっています。子どもの人口あたりの死亡率は減ってきているものの、それでも1日に約1.2人の子ども(0〜9歳)が「不慮の事故」で亡くなっているのです(2007年の統計)。医療の発達により、病気で亡くなる子どもは着実に減っています。一方で、事故によって命を落とす子どもの減り方は鈍いため、結果として、1960年以降、50年近くにわたり、わが国の子ども(1〜19歳)の死因は常に「不慮の事故」なのです。
不慮の事故は、「事故」と言うぐらいですから、防げないものなのでしょうか? それとも、私たち一人一人が、または日本社会が力を合わせれば、傷害による死亡や重傷、後遺障害は防げるものなのでしょうか? 答えは、私たちが子どもの事故、子どもの傷害についてどう考えているかにかかっています。私たち一人一人が、企業や学校や自治体が、日本社会が、「事故は防げないもの」と思って最初からあきらめていたら事故は防げません。
では、日本人は、不慮の事故による子どもの傷害(ケガ)について、どう考えているのでしょう。よく、「親が注意して見ていれば、防げた」「子どもはけがをしながら育っていくものだ」と聞きます。しかし、それは誰もが思っていることなのでしょうか? 実は、今まで誰も、日本人が「子どものケガ」についてどう考えているのか、きちんと調査研究をしたことがないのです。
そこで、2009年初頭、キッズデザイン協議会(内閣府認証NPO)と独立行政法人産業技術総合研究所デジタルヒューマン研究センターが、調査を行いました。同協議会の会員企業・団体所属の職員の皆さん、そして小さいお子さんをお持ちの保護者の方に協力をお願いし、子どもの事故・傷害に関する意識調査(アンケート調査)を実施したのです。合計3,918人の方から有効回答をいただきました。このシリーズでは、これから6回にわたり、その結果をお知らせします。
「どんなケガでも親のせい!」ではない
今回の調査ではまず初めに、子どもの傷害(ケガ)について、何が原因だと考えられているかを調べました。といっても、ただ漠然と、「子どものケガの原因は何だと思いますか?」と聞いても、「子どものケガ」と言われて人が思い浮かべる状況は一人一人違うでしょうから、答えも意味のない、ばらばらなものになってしまいます。そこで、3つの具体的な状況を示し、それぞれについて「このケガの原因は何だと思いますか」と尋ねました。3つの状況は、次の通りです。
1)3歳児のAは、家の近くにある公園の中を走りまわっている時、勢いあまって転びました。転んだ際に手をつき、小指の骨を折りました。
2)3歳児のBは、家の中で家事をしている親を追いかけていく時、閉まるドアに指をはさまれ、小指の骨を折りました。
3)1歳児のCは、親がほんの少し目を離した間に、低いテーブルに置いてあった炊飯器の蒸気口にさわりました。水ぶくれができる程度のやけどをし、病院に行きました。
お読みになっておわかりの通り、1は「誰が原因とも言えない」と思われがちなケガです。一方、2と3は、環境または製品、あるいは人(親または子ども)が原因とも考えられそうなケガです。2は家の中で走りまわりがちな3歳児、3はこのような事故が起こりやすい1歳児です。3つの状況それぞれの後に、「このケガの原因は何だと思いますか?」と質問し、「子どもが原因だと思う〜思わない」「親が原因だと思う〜思わない」「環境が原因だと思う〜思わない(状況1の場合)」「製品が原因だと思う〜思わない(状況2と3の場合)」「運が原因だと思う〜思わない」の4つの尺度に回答していただきました。実際の尺度は、次のようなものです。
結果は、下のグラフの通りです。「ドア」(状況2のケガ)と「炊飯器」(状況3のケガ)は、「親が原因だと思う」という回答が多く、特に炊飯器は「親が原因だと思う」が圧倒的です。ところが、「公園で転倒」(状況1のケガ)は、「親が原因」というよりは、「子どもが原因」または「運が悪かった」という回答が多いことがわかります。
左のグラフをもう一度みると、「公園」→「ドア」→「炊飯器」となるにつれて、「親が原因だ」と考える人が増えていく一方で、「子どもが原因だ」「運が悪かった」と答える人は減っていきます。また、「ドア」と「炊飯器」を比べると、ドアについては「ドアやドアまわりが原因」と答える人が半数ぐらいであるのに対し、炊飯器については大多数の人が「炊飯器の仕組みは原因ではない」と答えています。「原因だ」と考えるということは、裏返せば、その原因をなんとかすればそのケガが防げただろうと考えていることを意味しますから、炊飯器でのやけどに関して言えば、大多数の人が「炊飯器は湯気が出るものであり、改善のしようがない」と思っていることを示唆しています。
左の結果から、子どものケガの原因が何なのかと考える時に、人は、起きたできごとの中のいろいろな要素を考えに入れて結論を出しているということがわかりました。なんでもかんでも「親の責任!」と考えているわけではなかったのです。同時に、質問に用いたようなケガ(ドア、炊飯器)の場合、環境や製品の改善・改良ではなく、親が努力して防ぐべきだと多くの人が考えていることも明らかになりました。でも、「親が努力して防ぐべき」と答えている一方で、安全な環境や製品を作ってほしい、という期待も高いのです。
「安全な製品を!」という願い
今回の調査では、炊飯器の改良について3つの質問を用意しました。
1)子どもがやけどしないような仕組みの炊飯器は、開発できると…「まったくそう思わない」から「まったくそう思う」まで6つの尺度。
2)子どもがやけどをしないような仕組みの炊飯器は、開発すべきと…「まったくそう思わない」から「まったくそう思う」まで6つの尺度。
3)性能がまったく同じ2つの炊飯器をみつけました。ひとつは子どもがやけどをしないような仕組みがありますが、そのぶん少し割高です。あなたはやけど予防の仕組みがある炊飯器を買うと…「まったくそう思わない」から「まったくそう思う」まで6つの尺度。
結果の分布は次の図の通りです。
75.0%の回答者が「やけどをしないような仕組みの炊飯器は開発できると思う」と答え、65.9%が「開発すべきと思う」と答えています。
これを、3歳以下の小さい子どもがいる回答者に限って、男女別で見てみましょう。
この結果を見ると、男性は女性よりも「開発できる」と思っている一方で、女性のほうが積極的に「開発すべき」と思っていることがわかります。一方で、「(割高でも)やけどを予防できる炊飯器があったら買う」は、男女とも、回答者全体の傾向とほぼ変わらない割合でした。やはり、家庭で子どもの様子をみている女性のほうが、男性よりも「開発すべき」と思っているということになります。しかし、いざ買うかどうかというと、「割高」という点が問題になるのでしょうか、小さい子どもを持っていてもなかなか積極的に「買う」とは答えられないのかもしれません。ただ、製品によっては単に使用者の安全を考えるだけでなく、他のいろいろな要素(炊飯器であれば「おいしく炊ける」、他の製品であれば「使い勝手がよい」「デザインがいい」等)面で付加価値が上昇しているケースも多々ありますから、今後、次第に「安全」も付加価値の一部になっていき、購買行動も変わると推察されます。
炊飯器によるやけどは、1歳ぐらいまでの子どもでひんぱんに起きるものです。やけどは跡が残ってしまうだけでなく、顔面や手指などにやけどをするとその機能にも影響が出てしまいかねません。炊飯器から高温の湯気が出なければ、子どもがたとえフタなどにさわってしまっても「あちちっ!」で済み、やけどをすることなく、身のまわりの危険を避けることを学ぶことができるでしょう。
「子どもにとって安全な環境・製品を作ってほしい」、その願いは、今回の調査で用いたもうひとつのケガ、「ドアでの指はさみ」の例でも明らかになりました。次回は、そのお話から始めましょう。
<著者のプロフィール>
掛札逸美(かけふだ・いつみ)
1964年生まれ。
筑波大学卒業後、(財)東京都予防医学協会広報室に勤務。
健康心理学をきちんと学ぼうと考え、2003年、コロラド州立大学心理学部大学院に入学するが、留学から半年後のある日、横断歩道を自転車で渡っていて車にはねられ、中等度脳外傷を負う。
「ヘルメットをかぶりなさい」と教授やまわりの人から言われていたにもかかわらず、なぜ自分はかぶらなかったのか– ケガの次の日から、健康心理学の中でも傷害予防と安全の心理学を特に専門とするようになり、今に至る。
2008年5月、博士号(心理学)取得(コロラド州立大学大学院)現在、産業技術総合研究所デジタルヒューマン研究センターに勤務。
子どもの傷害予防工学カウンシル(CIPEC)メンバー。