2023.1.20|イベント活動

「子どもたちの未来のために私たち(企業、大人)ができること」経営者による意見交換会セミナーレポート:ラウンドテーブル

経済産業省、産業技術総合研究所 人間拡張研究センター、キッズデザイン協議会は
次世代を担う子どもたちを育む環境を創出するため、2007年より「経営者による意見交換会」を
継続して開催しています。今年度も12/14にオンラインで実施し、全国から多くの方にご参加いただきました。
残念ながら当日ご視聴いただけなかった方にも内容を共有するべく、当日の内容をレポートとし公開いたします。


【ラウンドテーブル】
黒田潤三氏
徳本達郎氏
三神彩子氏
高橋義則氏(モデレーター)

〈高橋〉 企業がSDGsに取り組むことと、キッズデザインに取り組むことは極めて近い関係性にあることが分かっている。取り組みの中でSDGsの理念「誰一人取り残さない」を実践しているようだが、どのような考えで取り組んでいるのかお聞きしたい。

〈黒田〉 従来の産婦人科は、お産の前後の一定期間しか関わりがない。しかし、子どもを産んだ後が長いことを考えると、産婦人科が例えば公民館のようなコミュニティを形成できたらいい、と考えるようになった。地域の皆さんが喜ぶものを提供するにはどうしたらいいか、ということと、建築設計者としてどうデザインしたらいいかを考えた。

〈徳本〉 負の遺産を残さないSDGsではなく、正の遺産をどのように残していくか、未来志向の考え方が大事だと思っている。当社では、人工呼吸器を装着している子どものような医療的ケア児、最もあそびから遠い重度障害児も対応する遊具をデザインする「RESILIENCE PLAYGROUND」を展開している。 「誰一人取り残さない」は教育の観点では当然のはずだが、通常の学校に入れないハンディキャップがある子どもは多い。そういう子どもが一緒に遊べる環境、学べる環境は必要だと思う。必ず問題は起こるが、この問題こそ子どもたちの新しい学びになる。また、多様な子どもの触れ合いが将来的にプラスを生むはずだ。医療的な制約を受けている子どもの精神的なストレスは大きく、精神的な疾患を抱える子どもも多い。身体的にも、精神的にも多様な子どもたちの居場所は今後、ますます大切になってくる。
「あそび」には共感性が必要だと言ったが、さまざまな人を巻き込みながら社会を構成するには、幼児期のあそびが重要だ。よく遊べる子どものコミュニケーション力が高いことは明確になっている。当社では今、それを脳科学の専門家と立証していこうとしている。

〈三神〉 未来の子どもたちも今と同じように便利で豊かな暮らしをしてもらいたい、それが可能な地球を残してあげたいと思っている。自分の家を住みやすくするのと同じように、地球を住みやすくしようという意識は大切だ。そうした視点が「誰一人取り残さない」につながっていくと思う。
東京ガスは今年、経営理念を一新し「人によりそい、社会をささえ、未来をつむぐエネルギーになる。」を掲げた。一番に「人によりそう」という言葉があるが、「人」とは誰か。今を生きる自分たちだけでなく、子どもたち、さらには次の世代と、ロングスパンで考えていくことが非常に重要だと感じている。
環境問題、省エネ教育をする中で、行動変容を促すのは一朝一夕ではできない。継続してもらうために積み重ねていくことが大切だ。

〈高橋〉 子どもたちにコロナ禍の影響が出るのは、3年後とも5年後とも言われているが、キッズデザインができることを考えたい。子ども・子育てを取り巻く環境で、「圧倒的に不足している」または「変えなければならない」と感じること、今回の取り組みでそれをどう打破していこうと開発に繋げたのかをお聞きしたい。

〈黒田〉 子育てが「孤育て」「個育て」になっている。子どもたちはスケジュールや時間に追われ、親も子どももストレスを抱えている。例えば、原っぱへ行けば誰かがいて遊べる、情報交換ができるという「場所」が昔はあった。ネット社会の今、ネット空間でも交流できるが、産婦人科がリアルなつながりを持てるきっかけになればいいなと思っている。
家や学校、職場とは離れた「サードプレイス」で得られる安心感の提供。決して押し付けではない。「みち」に屋根を設けベンチを設置したのは、そうした「場所」にしてほしいという願いだ。

〈徳本〉 人間に白目があるのは、感情を表しコミュニケーションを取るためだと言われている。コロナ禍で向き合うことに制限がかかり、またマスクで口元の表情が遮断され、子どもたちのコミュニケーションや原体験、良い記憶が完全に失われている。こうした環境で純粋培養された子どもたちが社会へ出て初めて挫折を体験した時、立ち直れない子が大勢出てくる。それを防ぐには、子ども時代に良い体験を作ってあげることが大事だと思っている。
例えば、皆川明さんのミナペルホネンとコラボレーションし、制服をデザインした。制服を着た子どもたちや家族の記憶をデザインするという考え。壊れない、安全、便利といった機能面のデザインだけでは次の100年は作っていけない。記憶をストーリーにしていくというデザインができるかどうかという時代に入っているのではないだろうか。

〈三神〉 ガスの普及で生活が大きく変わった大正時代には料理教室をスタートさせ、1992年にキッズインザキッチンという子ども向けの食育活動を、1995年にはエコの視点を加えエコ・クッキングを、2002年にはエネルギー環境教育の出張授業を始めた。しかし、一企業だけで取り組むことには限界があると感じている。
今回紹介した省エネ教育では学校の先生方に授業を実施することで、広がる仕組みを作っている。また、ナッジ理論などの行動科学の知見を盛り込み、一方的に考えを伝えるのではなく、気付き、選択するきっかけを作ることに注力している。今回取り入れている行動変容ステージモデルでは人の行動は無関心期・関心期・準備期・実行期・維持期という段階を経て変わっていくと考えられている。一方、ステージに合った情報を提供しないと行動は変わらないことも分かっており、省エネ教育を展開する上で、それぞれのステージに応じた発信の仕方や内容を検討し、新しい知見を取り込みながら進めている。

〈高橋〉 キッズデザインに取り組む意義、目標をどこに置いているのか。子ども製品を作っていないという理由でキッズデザインは関係ないと考える方も多いと思うが、子ども・子育ての課題はすべての業種・業態に関わると思っている。自社内でのメリット、社員、ステークホルダーに対してのアピールができたかも含めて助言をいただきたい。

〈黒田〉 建築は持続的なもので、未来を作ることにつながる。赤ちゃんが産まれて最初に感じる部屋を設計したと話したが、赤ちゃんもわかってくれるだろうという信念を持って、記憶に残るデザインをした。

〈徳本〉 人生100年時代と言われる一方で、脳の機能は縮小していく。脳が萎縮する認知症だが、幼児期に習った音楽やピアノはうまく弾くことができるという。脳科学の観点からも100歳を健康に過ごすためには、幼児期の体験が重要ということだ。キッズデザインは、人生をハッピーに終わらせるためのデザインでもあると思う。立派な大人になるためのキッズデザインの範疇から、人生100年時代に即したデザインがキッズデザインにある、というアプローチが必要ではないだろうか。

〈三神〉 子どもが安心して暮らせない、夢を持って暮らせない社会は、持続可能な社会ではない。持続的な社会でなければ、企業も成り立たなくなる。コロナ禍で人との接触、関係が希薄になっているが、子どもに関わることは大切で、関わることで考えが変わっていくと思う。私たち大人の意識は、経験値や体験値で変化する。そのきっかけを自ら作っていくことがキッズデザインを考える一つの契機になるのではないだろうか。


文:遠藤千春